南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

バブル崩壊を知っている証券マンは38,915円を忘れない

 

自分の事で恐縮だが、ぼくの社会人生活は証券マンとして始まった。平成3年4月の事で、既にバブルは崩壊していた。平成元年の12月末に史上最高値38,915円をつけた後、入社前年の10月1日に日経平均株価が急落し、一時20,000を割った。その日は内定式の日だったが、証券マンの先輩達は自嘲気味に「不況業種へようこそ」と笑った。

 

入社後の研修の中で「自分が良いと思う会社の株を推奨する」という時間があったのだが、自分の番が来たときに「これから3年から5年は株式が下がると思うので、ぼくは株式を勧めたくありません」と言った。まあ、自分も若かったと思う。研修の教官からは、「おまえ、何で証券会社に入ってきたんだ?」と言われた。ごもっともである。

 

そんな感じでスタートした証券マン生活だったが、ぼくの予想は大きく誤りであった。何故なら株価の下落は3年から5年では全く終わらなかったからだ。その後、コンプライアンスという言葉がなかった証券会社での生活をくぐり抜け、15年間の証券マン生活を送った。ぼくの証券マン時代は、そのほとんどの期間で株価が下落し続ける事となった。

 

証券業界を離れて随分時が流れたけれど、その後も株式市場をずっと見続けてきた。

そして、先週、日経平均株価はついに38,915円の史上最高値を更新したという。

株価は高値を更新したが、世の中は当時と比べてとても暗く感じる。折しも80年代を振り返るようなドラマが人気だという。「不適切にもほどがある」というドラマはまさに、自分にとって体感した世界だ。

 

話題のドラマに時代が変わり、知らぬ間に自分も変わっている事を気づかされる。

あの頃の証券マンはもうみんな50代以上だ。もう業界にいる人の方が少ないのではないかと思う。株価の最高値を耳にしながら、皆何を思うのだろうか。