南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

私的不定期名曲選『この曲もえーやん!』 September / Earth,Wind & Fire 


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大分に戻り3ヶ月が過ぎ、新しい生活も少しずつ落着いてきました。

9月はカメラ散歩に良い季節です。今日は電車に乗ってお隣の別府市へ出かけました。

 

カメラ片手に町歩きするには、別府はもってこいの場所でした。駅前の込み入った市街地にも、この街らしく温泉がぽつりぽつりと見られます。

 

今日は歩いていると汗ばむ感じもあったので温泉はスルーしましたが、冬の別府をカメラ散歩するときには、温泉を堪能しようと思います。

 

冬までには、もうしばらくありますので、今はこの素敵な9月を楽しみたいと思うのです。

 

にわか矢沢永吉ファンの独り言

 

 台風14号に振り回された3連休となった。

 実は、9月18日の福岡PAYPAYドームの矢沢永吉のコンサートに行く予定だったのだ。

 

 正直に言うと僕は矢沢さんのファンではない。でも、矢沢永吉というアーティストの生き方には魅せられている。73歳であれだけのパフォーマンスを維持しているアーティストが他にいるだろうか。職業人としてのプロ意識に感銘を受けるのだ。

 

 そんな矢沢さんが年齢的にあとどれくらい大規模なライブを出来るのだろうと思う事もあって、どうしても今回は観たくなり、初めて応募したチケットが幸運にも当選したのだ。

 

 しかし、台風のせいで泣く泣く行かない事を決断した。大分県から福岡ドームまで車で走るつもりだったのだけれど、ツマの大反対に遭い断念した。僕は当日の午前まで本気で行くつもりだった。ライブ決行が公式に発表された瞬間に唐人町にホテルを予約したのだけれど、それもパーだ。勿論、お金は戻らない。

 

 こんな話を聞けば「馬鹿げている」と思う人が多いだろう。僕も馬鹿げていると思う。しかし、自分なりに様々なリスクを十分勘案した上での「行く」という決断だったのだ。常識的には間違っていたとしても。

 

 ライブ翌日、ネット上では矢沢のライブ決行に対する批判的な反応が多かった。でも、言っておきたい。ライブは決してお金のために一方的に開催されたものではないのだ。決行の発表と同時に公式ページには、以下のような「お願い」が記載された。

 

「ただしチケットをご購入いただいたみなさんにお願いです。

 ご来場いただく方は、ご自身の判断で必ず安全を確保できる方、

 帰路につける方のみご来場ください。

 

決してご無理なされず、ご自身で判断してください。

今回は断念するという方には、全員ご返金させていただきます。

後日、返金手続きのご案内をさせていただきます。」

 

 今日の夕方には返金に関する案内の一報が、早速メールで届いた。矢沢さんは筋を通す人だ。今回のライブ決行も、批判覚悟で応援してくれるファンに筋を通したのだと思う。

 

 今回の台風で被害に遭われた方もいる。だから、そんな状況下でライブを行うなんて非常識だと思う。でも、そんな中でも批判覚悟で自分の大切なファンとの約束には筋を通し、自分のケツは自分で拭くという生き方もある。そんな姿を見せられたような気がする。

 

 そんな生き方は今の時代に合っていないと思うけれど、自分の頭と、自分の手足で生きている人は力強く人生を生きているようにみえる。そう思わせてくれる人が矢沢さんなのだ。

 

 だからファン達も矢沢さんに筋を通し、どんな決断をしたとしても自分のケツは自分で拭かなければならない。今、思うことはそんなことだ。そんなわけで、今夜は以上、ヨロシク!

 

 

ちいさい秋みつけた

 

 9月に入っても盛夏のままの強い日差しは、露出した肌をじりじりとさせるのだけれど、ふっと流れる風に微かな秋の気配が混じり始めたように思う。こんな感覚は沖縄にいた3年のは感じることは無くて、少し懐かしさを覚えながら内地に戻ってきたことを実感する。

 

 そういえば子供の頃、学校で歌った唱歌に「ちいさい秋みつけた」というのがあったなと思う。「ちいさいあき、ちいさいあき、ちいさいあきみーつけたー」と小さく口ずさんでみるが、その後の歌詞が続かない。あれ、なんだったけ?と思い返えそうとするけれど、どうもあやしい。

 

 「おーにさん、なんとか手のなる方に-」そんなあやふやな歌詞が思い浮かぶが、しっくりこない。ん?秋と関係ないような・・・。

 

 あの唱歌は「ちいさい秋みつけた」と歌うんだけど、具体的にどんな小さい秋を見つけたのかは表現してなかったのではなかったか。そんなことを考えながら、ちいさな秋が入り交じった9月の柔らかな風を感じつつ、職場から駐車場への道を歩いた。

 

 日常に季節の微かな移り変わりを感じられるような、穏やかな生活が出来ることは素敵だ。6月から始まった、この忙しくも穏やかな新生活を改めて有難く思った。

 

 

ONCE(かつて・・)①

2022.3.22 沖縄市

 かつて・・、わたしは古いステーキハウスにいた。

 

 沖縄市にあるその店「パブラウンジ・エメラルド」は、巨大ショッピングモール「ライカム・イオンモール」の近くにあった。

 

 「ライカム」という言葉は聞き慣れないかもしれないが、現地では正真正銘の地名である。

 

 それはかつて、その場所が米軍基地関連施設だったことに由来する。「Ryukyu Command Headquarters(琉球米軍司令部)」から「RYCOM(ライカム)」なのだ。

 

 米軍から返還されたその広大な土地に、今は巨大な艦船を思わせるショッピングモールの建物が鎮座する。

 

 「エメラルド」の店内は、まるで古き良きアメリカのようだ。 

 

 人気メニューは赤身の分厚いステーキで、肉の味を堪能できる。農耕民族が狩猟民族の食事を味わうような、ちょっとしたカルチャーショックを受ける。

 

 日本では脂たっぷりの霜降り肉を、皆喜んで食べるが、食肉文化は米国風に限ると思わされた。それほどに旨いステーキだった。

 

 

ささやかな宴

 

 今年退職した会社の仲間3人で集まってお酒を飲んだ。

5月に退職した僕と、8月一杯で退職する男が一緒に食事をする事になった。もう一人の女性はまだ現役で頑張っている。

 

 僕が転勤で大分を離れる時に、彼女や気心の知れた数人の仲間で飲んだお店で再会することになった。その時から、もう7年が過ぎていることが信じられないような気がしたが、男二人は会社を離れることになっているし、一人残っている彼女も職系が変わっていて働き方が変わっていた。やはり時は流れているのだ。

 

 若い時にずっと年上の先輩たちから「40を過ぎたらあっという間に50になる。50を過ぎたら気がついたら60になっている」と言われたことがあった。まだ60までには間があるが、先輩たちが駆け抜けていった年代を僕らは過ごしている。

 

 昨年入院して以降、お酒に弱くなったような気がしているのだが、この夜はお酒が進み楽しく飲んだ。カワハギの刺身で薬味を巻いて、肝を溶いた醤油をつけて食べる。これがとても日本酒に合うのだ。3人のなかで一番の酒豪である彼女がどんどんお酒を追加していまい、結構飲むことになった。とても美味しい日本酒だったが、銘柄名を覚えていないのは少し飲み過ぎたせいだ。

 

 2件目のスナックでコロナ禍が始まって以来のカラオケを歌い、おじさんおばさんたちはすっかりご機嫌なのだった。10時前には彼女のろれつが怪しくなり目をこすり始めたので、そこでお開きとした。おじさん二人はまだいけそうだったが、ここで潮時を誤らないのが成長したということか。二人で彼女をタクシーに乗せて家へ向けて送り出し、また定期的に3人で会おうということを約束して帰路についた。

 

 ここまで書いてみても、なんでもない出来事なんだけれど、気の合う仲間がいて一緒に食事をする事が、以前にもまして嬉しい事になってきている。僕らはそういう年代を生きているんだ。昔、あの話してくれた先輩たちも、きっとこんな気持ちを味わったのだろう。そう思いながらタクシーの窓外に流れる夜の街を眺めた。

 

千客万来の日々よ

 

 

 最近、あちこちと体の不調が出ていて(入院するほどの病気ではないのが救い)、週末は病院通いの日になっている。この土曜日も午前中で2件の病院をハシゴすることになった。なんとも情けない話だが、本当の事なのだから仕方がない。昨年、人生初の入院をしたのだが、そこからすっかり病院に懐かれてしまったかのようで参っている。

 

 それで病院に行く度に驚くのだが、どの病院も待合室は満席状態で患者さんが何時間も順番待ちをするのが当たり前なのだ。肩の痛みで通っている整形外科は、午前9時から診療なのに6時から待っているという人までいて、少し早めにいったつもりの8時半には20番目の順番だった。それで開院と同時に一斉になだれ込むのだが、受付を済ませて治療が終わるまでには3時間はかかるのだ。有難いことに、今まで病院と縁遠かったので病院の混雑ぶりを知らなかったが、きっとそれが病院の常識なのだろうと思う。

 

 ところで、新しい仕事で色々な業種の中小企業の代表の方に会うのだが、2年半も続くコロナの影響でどこも非常に厳しい状況にある。今、住んでいるような地方都市にあっては、中小企業が元気であることがとても大切なのだけれど、現実は厳しい。

 いずれもそれぞれに工夫をして頑張っているのだが、2年半に及ぶコロナからの出口はまだ見えない。ぎりぎりのところで踏ん張っている経営者の人たちが本当に多い。

 

 以前のように外国人観光客がどっと押し寄せてくるような日常に、早く戻ってほしいと心から願っている。折しも20年ぶりだとかの円安で、日本はバーゲンセール中だ。日本が誇る清潔で安全なサービスや、美味しい料理とおもてなしも外国人にとっては破格のものになっているはずだ。

 

 それにしても病院ばかりが繁盛しているのも、少子高齢化の景色なのだろうか。

 以前、高知県でお会いした病院の院長が、「忙しいばかりで全く儲からない」と言っていたのを思い出す。病院は病院なりに苦労があるようだ。そこは病床のない医院だったので、外来の応対を一日中途切れることなくやっていた。先生はいつお会いしても、しんどそうだった。その先生曰く「入院ベッドのない病院は儲からん」とのこと。「外来は薄利多売で儲からん。儲けを考えるなら、大阪辺りでたこ焼きの屋台でもやった方がよっぽど儲かる」。随分とさばけていて、楽しい方だったなと思い出す。

 コロナが終われば明るい日常が見えるのか?不安は拭えない。どうも外国人観光客に期待するしかないように思う。今のところは。

 

アンドロイドは電気的味見をするのか

 最近、中国に関する新聞記事を読んで気になったので、そのことを。

 

 

 記事が伝えるには、中国では飲食店の無人化が進んでいるそうだ。現地の新興企業がAIとロボットを組み合わせて「AI食堂」なるモノの出店を進めているという。飲食店のコストは20%を人件費が占めており、それを省いたこの無人店舗は料理を安く提供できるらしい。メニューはセロリとエビの炒め物」「枝豆と鶏肉のあえ物」などが常時10~20種類あり、シェフと見分けのつかない料理をロボットが提供しているという。

 

飲食店の「無人化」が進む中国で、新たに人工知能(AI)を活用した店舗が登場した。新興の上海熙香芸享電子商務(シーシャン)がAIとロボットを組み合わせ、需要予測や調理などを自動化した店を開発した。中国では人件費高騰などを背景に人に頼らない店舗運営への需要が高まる。100兆円規模の外食市場を巡り、無人化競争はさらに激化する。(2022.8.10 日経新聞)」

 

 

 同じ日の同紙には、インターネット大手の百度(バイドゥ)が完全無人タクシーの運営を始めたとある。同じ日の紙面に「無人化」の記事を並べる作りは、この新聞がどういう意図を持っていたのか分からないけど、ぼくには「中国はサービスの無人化が進み、いずれ失業者が溢れるのでは」と読めてしまった。

 14億を超える人口を抱える国で、働き口を無くすようなこの動きを、彼の国を司る人々はどう考えているのだろう。驚くことに中国も少子高齢化が進み、人口減少が見込まれるというではないか。しかし、少子高齢化を先に歩み、人手不足の日本とは事情が違うんじゃなかろうか。ここでは高騰する人件費のカットがその一番の動機のように書かれている。他国の事ながら、ぼくにはあまり明るい未来像にはならなかった。現在の中国はある部分、行過ぎているように資本主義的だ。

 

 子供の頃の中国のイメージといえば、人民服を着た人たちが乗る大量の自転車の群れだった。それがたった2,30年で「AI食堂」に「無人タクシー」の国だ。戦後の日本を想起させる高度経済成長を、この国は成したのだろう。

 

 中国に限らずお店の自動化・省力化が進む事で、地元の人々に愛される「小さいけれど良いお店」が無くなっていきそうで寂しい。そういった良いお店の大きな要因は、そのお店をやっている「良い人たち」だったりするのだけれど。

 大規模チェーン店よりも、そういったお店に行こうと思ってしまうぼくは、きっと時代から少しずれている。でも、自分の大事なお金は心地よく使いたいから、これでいいのだ。なんだか最後は、バカボンのパパ風になってしまった。