南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

やちむん通りのバナナおじさん

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 8月の沖縄には、国内外から沢山の観光客がやって来る。そして、観光客向けの飲食店や土産屋が延々と並ぶ国際通りは、一日中人でごった返している。この通りでは、中国語、台湾語、韓国語などアジア圏の言語が交じり合って耳に飛び込んでくるので、特に夕暮れあとの人混みを歩いていると、自分がどこの国にいるのか分からなくなりそうになる。

 むっとした湿気を逃れるようにコンビニに逃げ込むと、そこの店員さんの9割は外国人で、またもや自分がアジアの見知らぬ街にいるような錯覚に陥ってしまう。そんな混沌とした8月の国際通りにも、少し慣れ始めた、沖縄生活初心者の今日この頃である。

 

沖縄にやって来て2週間目のある日、引越しの段ボール箱も開き終えない部屋で、ツマが観光ガイドを見ながら言った。

「やちむん通りというのがあるよ。沖縄の焼き物なんかを売ってるお店がいっぱいあるらしいよ」

子供の頃、夏休みの宿題は「後に回す派」だったぼくは、引越しの片づけもこの方針を取ることにした。そして、段ボールの山を横目に、そそくさと出掛ける準備をしたのだ。

 

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<やちむん通りのシーサー> 

 

やちむん通りの「やちむん」とは沖縄の言葉で「焼き物」の事。17世紀に、当時分散していた伝統的な窯場が、琉球王府によって壺屋地区に集められたそうで、これが壺屋焼の始まりになる。やちむん通りは現在の那覇市壺屋1丁目にあり、正しく沖縄焼き物の原点なのだ。

 

平和通りから続く入り口には巨大なシーサーが鎮座していて、ここを訪れる人たちを迎えてくれる。そのシーサーの台座の噴霧器から、時折霧が立ち込める。これは巨大シーサーの威厳を高める効果を狙ったものだと思われるが、ぼくとツマは「あー冷たくて気持ちいいねー」などと、アホ顔を噴霧器に突き出しながら喜んだ。

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やちむん通りの石畳の道を進み始めると、とにかくシーサーだらけだった。シーサーは中国から伝わった魔よけの「獅子」が沖縄の発音で「シーサー」に変わったものだという。一体で設置されることもあるが、一対で置かれる事が多いそうだ。一対のシーサーには雄と雌があり、口を開けたのが雄で口を閉じたのが雌となる。雄は福を呼び込み、雌は災難が家に入るのを防ぐという。一対のシーサーは、右が雄で左が雌と決まっているので注意が必要だと、目にした沖縄本にあった。

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シーサーの並ぶお店が多い中、ちょっと変わった焼き物がある。近寄ってみると、人間のお骨を入れる壺だという。そこで思い出すのが高知での生活の最後の方で、いつもお世話になっているスナックのママから紹介された「洗骨」という映画の事。沖縄の離島では亡くなった人を風葬・土葬して、数年後にその骨を洗うという風習があるらしい。この映画を撮った照屋年之監督とは、お笑いコンビガレッジセールのゴリさんだ。この映画は期待を大いに裏切る良い作品だった。

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www.fuku-taro.net

映画「 洗骨」を見た時の事はこちら ↑

 

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シーサー対ネコ。ヤチムン通りにはネコが沢山いた。

 

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ここにもネコが写ってます。分かるかな。

 

 

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<出会いは突然だった!>

 

「バナナの実が生ってるの見た事ある?」

 

ぼくがやちむん通りの風景にカメラを向けていると、後ろの方で声がした。

「見たことない?あっちの方に生ってるから、連れて行ってあげるよ。こっちだよ」

振り返るとツマが見知らぬおじさんにグイグイと迫られて、たじろいでいる。ぼくは知っている。ツマは見知らぬおじさんがとても苦手なのだ。

「何?どうしたの?」

ぼくが2人に歩み寄ると、おじさんは武道の間合いの達人のような素早さでぼくに近づき、すかさず言った。

「バナナが木に生ってるの見た事ある?」

剣道の達人から、見事な面を一本取られたような感覚に陥る。汗の滲んだポロシャツを着た、ずんぐり体形のおじさんに不意にそう言われ、ぼくは混乱した。

「い、いや、見たことないけど」

「見せてあげるよ。あっちだから行こう。さあ、こっちだよ」

おじさんはぼくらの腕を取らんばかりの距離と勢いで迫ってくる。

ツマの顔を見るとそこには「あわわわわ」と書いてあった。

「おじさん、何?バナナがあるの?どこに?」

「こっちだよ!この奥に入ったところだよ」

そう言うとおじさんはぼくらの前をスタスタと歩いて行き、ぼくとツマもつられて歩き始める。一瞬冷静になったツマが「これはついて行ったらマズイやつなんじゃないの?」と顔で言う。

ぼくは何となく悪い人にも見えなかったし、こんなハプニングも嫌いではないのでついてゆく事にする。渋々とツマもぼくの後を歩いてくる。これがヤチムン通りのバナナおじさんとの衝撃的な出会いだった。

 

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 バナナおじさんはズンズンと進んで行く。やちむん通りを脇に入ってゆくと、そこには民家の塀が連なっている。狭い路地に連なる塀にはびっしりと蔦がまとわりついていて、その光景の珍しさに沖縄を感じた。バナナおじさんは進みながら、路傍の草木や花について解説してくれるのだ。どうやらバナナおじさんは意外に(失礼)博識の人のようだ。やがて、普通の民家の塀際に生った、青々としたバナナの房が目の前に現れた。

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「どう?バナナだよ。2つ生ってるよ」

「わあ、本当ですね。これは凄いよ」

ぼくは素直に驚きながらも、まだ警戒を解いてはいない。隣でツマもバナナには素直に驚いていた。そんな反応に気を良くしたのだろうか、おじさんは再び達人の間合いで言い放った。

「ドラゴンフルーツが生ってるの見たことある?」

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「い、いえ。見たことないですけど・・・」

社交辞令的にバナナのお礼を言って別れようとしていたぼくの目論見は、達人の間合いによって打ち砕かれた。ぼくは一言も発せなかった。

「こっちだよ。こっちにドラゴンフルーツが生ってるから来たら良いよ」

再び、ズンズンと進むおじさん。ぼくらは虚を突かれ、催眠術にかかったようにおじさんの後をついて行く。

次第に道幅が狭くなり、路地が込み入ってくる。この先の袋小路には、怖い人たちがいて身ぐるみ剥がされるんじゃないか、そんな考えがふっと浮かぶ。

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悪い予感が頭に浮かんだ、その瞬間、おじさんが興奮気味に言った。

「あそこにドラゴンフルーツが生ってるよ!あれだよ。見える?」

目の前に現れた、高い塀の上に伸びる民家の壁に茂る葉と茎。目を凝らすと濃い赤色のドラゴンフルーツの実が2つ見えた。

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「えっ、どこ?どれが?」ツマはすっかりおじさんの調子に乗せられつつある。

「ほら、あそこにあるよ。あそことあっちにも」

「あ、ほんとだ!ほらあそこだよ!あの上の方」

ぼくとバナナおじさんは小さなドラゴンフルーツを指さしてツマの視線を誘導する。ようやくドラゴンフルーツを見つけたツマは感嘆の声を上げた。

 

「この先の家の庭に、ヤシの木があるんだよ。こっちだよ」

おじさんはまたズンズンと歩き出すのだった。ぼくとツマはもうすっかりおじさんに抵抗する気も失せてしまい、黙って後を追った。もうぼくらの警戒心は溶けてしまっていた。バナナおじさんは、ただの気の良いおじさんなのだ。

 

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 「ほら、ヤシの木だよー。今はヤシの実が生ってないから残念だねー」

本当に民家の庭にヤシの木が伸びているのだ。バナナと言いドラゴンフルーツといい、やはり沖縄は凄いところだと思う。

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民家の入り口にいろいろな形のシーサーがあった。それらを眺めながら歩くのもまた楽しい。家々の庭には緑が繁り、黄色や赤の鮮やかな花が咲いていた。南国風でカラフルなのだ。

「あの黄色い花はハイビスカスだよー」おじさんのガイドは続いていた。

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その後もおじさんの案内でシークワーサーやサトウキビなどを見て歩いた。おじさんは名前の聞いた事のない草木を指さし説明してくれる。

「この葉っぱは表と裏で色が違うんだよー。表は緑だけど裏は紫なんだよー」と指さす。

「この先には屋根に草の生えた家があるよー」

「ええ!何ですかそれ」

「ほら、あれだよー」

「うわ!本当だ!」

ぼくは、おじさんが指さす先を必死に次々とカメラに収めた。
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写真を撮っているぼくを残して、ツマとおじさんはどんどん進んで行った。ツマもバナナおじさんがすっかり気に入ったようだ。

「沖縄の人じゃないねー」

「ええ、転勤でつい最近沖縄に来たんです」

「そうなの」

「沖縄の前は高知で」

「ああそう」

「元々の生まれは九州なんですけど」

「そうなの。九州にはぼくの親戚がいるよー。今年の盆は台風で帰って来れなかったけどねー」

「それは残念でしたねー」

ぼくが追い付くと、ツマとおじさんの楽し気な会話が続いていた。

 

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その後もバナナおじさんのガイドは続き、結局3、40分は一緒に歩いたんじゃないかと思う。

一通り歩き終わって別れの時が来た。

「おじさん、どうも有難う。とても楽しかったです。本当にありがとうね」そう言ってぼくとツマは順番におじさんと握手したのだった。

バナナおじさんは、先ほどまでのグイグイ感が嘘のように、恥ずかしそうに軽くぼくの手を握り返した。

少し日の傾いたやちむん通りで、ぼくらは、その後も散策を続けた。硝子の器や陶器のお店がたくさん並んでいたけど、今回は店先を覗くくらいになってしまった。また、ゆっくりと来たいと思う。

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自宅に戻ってのんびりしている時、インターネットを眺めていたツマが「あっ」と声を上げた。

「なに?どうしたの?」

画面から顔を上げたツマの顔は、いたずらっ子のようだ。

「今日のバナナおじさんって、知る人ぞ知る有名人みたいよ。ネットの中のブログで今日と同じような体験をした人の話が出てる!」

ニコニコ顔のツマが、さも嬉しそうに、ぼくにそう言ったのだった。

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