2020.3 那覇市
髪を切る時に、美容師さんと話をする事が好きだ。
そんな時にあまり話をしたくないという人もいるだろうけど、ぼくは髪を切られながらする、どうでもいいような雑談を好む。
いつも髪を切ってくれるスタイリストの人はクダカさんという同年代の男性で、同じような時代をくぐり抜けてきているので、話が合うという事もある。
それに美容室は貴重な生の情報ソースになる。転勤族は、地元の人との些細な会話で多くの情報を得るのだ。ちょとスパイ小説みたい(?)な事を書いているが、もちろん、そんな大層なものでもなく、誰かのお役立ち情報でもありません。悪しからず。
「最近の若い子たちはググらないって知ってました?」
クダカさんは仕事柄、若い人と接する事も多いようで急にそんな話題が始まる。
「ググらないって?えーっと」
髪を切られながら気持ちよくなりつつあったぼくは、眠くなっていた。
ぼーっとしながら、そういえば、「だから、僕はググらない」って本があったよなあ、と思う。
ググる前に自分の頭で考えた方が、面白いアイディアが生まれるよ、というようなビジネス書ではなかったか。まだ読んでいないけど気になってる本だ。
曖昧なぼくに、クダカさんが続ける。
「何かを検索する時にググるんじゃなくて、SNSでフォローをしている自分の好きな有名人なんかを、ハッシュタグで検索するらしいですよ」
ああ、ハッシュタグね。長州力の「井」の事ね。クダカさんが言っている事は、SNSに疎いぼくにも分かる。
「なんか、そういうのってスゴイ狭い世界ですよねえ」
「そうですよねえ・・」
デジタルが苦手なおじさん達は頷き合う。
ぼくらの若い頃と違って、インターネットとSNSの発展で情報量が多すぎる時代なのかもしれないと思う。若い人たちなりに、この情報の大洪水時代を生きる知恵なのだろうか。
「昔、インターネットが普及し始めの頃に、インターネットは便所の落書きみたいなものだ、って言っていた人がいましたねえ。何かのコラムだかエッセイだかにか書いてあったと思うんですが」
「え、どういうことですか」
「匿名の人が、適当で無責任な事ばかり書き殴っているって事だと思うんですけど。昔の公衆便所って、壁に落書きがたくさん書いてませんでした?電話番号と名前が書いてあって、この子は誰とでもデートします、みたいな下世話なヤツとか」
ぼくは30年くらい前の駅のトイレの個室の壁を思い出しながら言う。当時の駅のトイレの個室の壁は、大体そんなくだらない落書きが書かれていた。思い出したのだろう、クダカさんも笑っている。
ふと思う。そういえば最近のトイレの壁って清潔で落書きなんか書かれてないな、と。
これはひょっとするとインターネットやSNSの普及と、トイレの落書きの数は反比例しているのではないか?ぼくは重大な発見をしてしまったような気がしてくるが、もちろん、そんなものは重大でもない単なる思い付きだ。
トイレの個室の閉鎖された狭さとインターネット。減っていく落書きと、増えていくSNSでの誹謗中傷。あのコラムだかエッセイだかの文章はあながち間違いではなかったのかもしれない。
「デジタルが苦手で、できるなら、スマホとかも使わないで済むならいいんですけどねえ」
「だけど、最近じゃ飛行機のチケットを取るのでもスマホがないと不便でしょう」
「そうなんですよねえ。面倒な世の中になったなあ」
そんな、アナログおじさん達の会話(愚痴?)は、しばらくだらだらと続くのであった。