TVのニュースが、桜の開花宣言が日本一早く発表されたのは高知市だと伝えたのは、もう10日ほど前です。
高知城の桜は既に満開で、年度末に忙しいぼくらは不意を突かれたように花見の準備も出来ませんでした。
そもそも最近は、それほど花見というものが好きではなくなっているので、それはそれで構わないのです。
高知の春は3月初旬の「土佐のおきゃく」から始まります。「土佐のおきゃく」とは、高知市中心街が、街中で「宴会」をするイベントです。土佐弁で「宴会」の事を「おきゃく」といいます。なんとも「酒国高知」らしい催しだと思う。
同時期に開催される「皿鉢料理祭り」も忘れてはいけません。郷土料理である皿鉢料理は、大皿に花咲くように盛られるのです。
高知に来て2回目の桜の季節を迎えました。月が替わる頃には人事異動の発令がなされ、また人が動くのだろう、と思う。来る人、去る人、残る人。それぞれに物語があります。
ぼくは、まだしばらく高知だろう、と妻と話しました。
土曜日。妻とランチに出かける事にする。こういった場合に行きたいお店が一致する事はなく、ぼくが折れて妻の意見が通るのがうちの日常です。
今回の妻のご所望は、街中から外れた住宅街の中にひっそりとあるイタリアンです。地元雑誌の「季刊 高知」にそのお店は紹介されていたという。話は逸れますが、この「季刊 高知」という雑誌はなかなか良いカンジの雑誌なのです。お店や商品の紹介もありますが、ジャーナリストや新聞記者OBなど、文章のプロが書いたしっかりとしたコラムが中心となっていて、落ち着いた編集に好感が持てるのです。
住宅街のイタリアン「パスタコルタ」に入店したのは、お昼を過ぎた頃で、11時の開店から満席になっていたお客さんが、ちょうど入れ替わるタイミングでラッキーでした。
オーナーシェフのご主人と奥さんでやっている小さなお店。接客を担当する奥さんが奥の席に案内してくれます。
メニューから、ジェノベーゼのパスタとアンチョビーのピザを注文して、しばし店の中を眺めて過ごします。
白い壁に可愛らしい小物が飾ってあったり、丸い柱にワインのラベルがペタペタ貼ってあったりしてお洒落です。全体的に居心地の良い雰囲気で長居したくなる、そんな雰囲気のお店。ぼくらの隣のテーブルでは、おじさんが一人で料理とワインをゆっくりと楽しんでいて、遠くのテーブルには小さい子を抱っこした若いお母さんと、そのご主人。近所の人がいつも来てるといった様子です。
「この雑誌。ここに出てる!」と、マガジンラックから「季刊 高知」を一冊持ってきた妻が言います。
見れば、表紙には「宝物のような、小さな名店」と特集のタイトルが書かれていて、このお店の紹介記事のページを開くと、カウンターの向こうの厨房で調理する奥さんの写真と記事がありました。
この記事を書いた編集者は、32年前にタウン誌の編集者として新社会人なった時から、このお店の馴染みだそうです。
その後、お店は移転して今の場所に移ったそうですが、「居心地の良い空間は変わらず、今も看板メニューと味は、当時とまったく同じ。まるで30年前にタイムスリップしたよう」と記事は伝えます。
読み進めると、この記事から、書いた編集者のお店への愛情が伝わってくるようです。
やがてテーブルにやって来た、ジェノベーゼのパスタとアンチョビーのピザはとても美味しいものでした。お昼時は野菜いっぱいのサラダも付いていて、妻はサラダボウルの中のポテサラ横に添えられたリンゴに大喜びでした。食後に、コーヒーゼリーの入ったアイスクリームを頂き、しみじみと満足感に浸ります。隣のテーブルで赤ワインをゆっくりと楽しむおじさんは、まだしばらく時間をかけて、この店の雰囲気と料理の味を楽しむよう。いつ来てもこのテーブルでワインを傾けてるんじゃないかしら、と思わせる佇まいです。
「季刊 高知」の編集者は、この店の記事を次のように締めくくりました。
「もうオーバー60になったので、2017年夏から週休二日になり、2018年以降はさらにもう少しゆっくりしようと計画しているお二人。それでも店はずっと続けてほしい。気軽に食事を楽しめる雰囲気と、頑なまでに変わらない味。そしてお客さんへの気配り。お店を出る時に温かい気持ちになれる。これこそ名店の条件の一つといえる」
お店への愛情深いラブレター。まるで初恋の人を思い続けるような。
編集者の愛情に感化され、いつの間にかこのお店を愛おしく思い始めます。そしてぼくらは、温かい気持ちでお店をあとにしたのでした。