南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

四国バースデイ・フリー切符の旅 ⑪ 完結編

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2017.7.9

宇和島9:39発ー土佐大正11:18着

 土佐大正13:20発ー窪川13:47着

窪川14:02発ー高知15:04着

 

四国の右下、愛媛県と高知県の境はとても山深い。車窓のガラスを時折擦るほどに木々が迫っていて、若い枝の葉が、かさかさと音をたてる。

鮮やかな赤と緑のツートンにペイントされた「かっぱ うようよ号」の車体は、深い山を縫うように走った。ぼくのシートの正面にはカッパの母子が座っていて、子カッパは楽しそうに窓の外を眺めている。

ふと、母カッパと視線が合う。よく見ると、窓の外を眺めているはずの子カッパもこちらの様子を伺っているようだ。

「あんまり、見つめるなよなあ」

なにせ、この辺り一帯はカッパの領土で、人間は招かれざる客なのだ。

 

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<山奥の銀行に焼酎の口座を開きに行く?>

 

このフリー切符の旅は、JR四国発行の「バースデイ・フリー切符」を使って、3日間で四国を乗り降り自由で移動しています。

そして、行き当たりばったりを、唯一かつ確固たる基本方針として行動します。

旅のルールは3つ。

 

①日中はノンアルコール

②インターネットを見ない・頼らない。

③本を読まない。

 

途中、今治でスマホを失くしたりとトラブルもありましたが、無事に3日目の最終日を迎えました。こうして列車は、最後の途中下車の駅、土佐大正駅に到着するのでした。山と山の間にぽつんと存在する無人の駅舎。そのホームに降り立って「かっぱ うようよ号」が駅から遠ざかってゆくのを見送ります。緩やかにカーブした線路の向こうに列車が見えなくなると、自然のど真ん中に、ぼつんと取り残された自分を発見しました。むっとする湿度の高い空気に、鳥の鳴き声だけが響きます。ここはやたらと鳥がなくなあ。

 

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土佐大正駅で降りたのには理由があります。ここには焼酎を預けて利息をもらう「四万十川 焼酎銀行」なるものがあるのです。いつか行ってみたいと思っていましたが、同じ高知県内でも、市内中心街から約90km。なかなかここまでは来れませんでした。

駅舎を出て、電柱に掲げてある看板には「国鉄 土佐大正駅」とあります。国鉄が民営化されたのはもう30年以上前ではなかったっけ?古いパチンコ屋がシャッターを下ろしたままになっていて、開け忘れたまま何十年も経ったかのよう。ここは時間が止まったかのような光景が広がっています。

やがて到着した四万十川 焼酎銀行の建物は、元々は高知銀行の建物だったものをそのまま使っているそうで、設備は本気の銀行だったりします。中には銀行の窓口そのままのカウンターががあります。しかし、そこは焼酎銀行。壁沿いに、焼酎の一升瓶がずらりと並んでいました。

カウンターの中には、女性の行員さん(?)がいて、口座を開設してもらいました。ちゃんと通帳も発行されるんですよ。お預け期間は、1年、2年、3年から選べて、ぼくは1年定期で「預貯酎」しました。

利息も、ちゃんとつきます。年5%相当量の焼酎を詰めた小瓶と、熟成による「味と香り」。美濃焼の壺に入った栗焼酎「預貯酎 栗75%」は、どんな味の焼酎だろう。それは一年後の楽しみとなりました。早く飲みたいー。

 

 

 

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ポツリポツリと降り出した雨は、瞬く間に夕立のような激しい雨になり、銀行前を走る道路のアスファルトに黒い染みをつくりました。そして短時間にあちこちで、大きな水たまりに変わってゆきます。

周囲の山々を振動させるような、大きな雷鳴が鳴り始めました。仕方なく、焼酎銀行近くの小さな建物の軒先で、雨宿りをする事にします。アスファルトを濡らす雨の匂いが、何故か懐かしいのです。

近くの電柱で、電線と電柱の繋ぎ目にバチバチッと火花が散りました。そして、その数秒後にはドーンという雷鳴。「雷、どこかに落ちた?。次はこの電柱に落ちるかも?」。ぼくは怖くなり、狭い軒下を横歩きして電柱から遠ざかります。周りは大雨。逃げ場がない。時折の大きな雷鳴と強い雨は、ぼくを怯えさせながら、それからもしばらく続くのでした。

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20分ほどで雨は小降りになり、やがて、濡れるのが気にならないほど弱いものになってゆきました。ぼくは雨宿りの軒下を離れ、駅の方へ歩き始めました。次の列車の時刻も少しづつ迫っています。途中、昼食を取っていなかったことを思いだし、飛び込んだ食堂でラーメンを食べました。三角巾に割烹着のおばあさんが提供してくれたラーメンは、侮るなかれ、丁寧でしっかりと美味しいラーメンでした。この町と同じ懐かしい印象のラーメン。でも、全体的にシャキッとしていて味がダレていない。このラーメンのやさしい味は、ひょっとすると土佐大正という町のやさしさなのかもしれません。

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<フリー切符の旅というもの>

 

13時20分に土佐大正駅を出た列車を、窪川で乗り換えました。この旅、最後の乗り換えです。特急あしずりが窪川の駅を出て、しばらくするとザーッと激しい雨が降り始めました。窓外の山影が白く霞んでゆきます。天候は不安定で、降ったり止んだりを繰り返しました。雨上がりには、緑の山の稜線が生き生きと映えて見えました。いよいよフリー切符の旅も終わりです。

今回の一人旅は、妻と一緒だったら行かないだろう、という所を選んで走りました。マムシのいる秘境駅、坪尻駅でする事もなく3時間過ごしたり、今治や松山では、目的も無く歩き回って写真を撮っただけだったり、下灘ではコーヒーを飲んだだけだったり、折角の内子町を早朝の駆け足観光で終えたり、人里離れた焼酎銀行で口座を作り、雨宿りしたり。それらのどれもが決して快適な旅行とは言えず、妻ならば呆れ気味に「なんでそんな事するの?」と言いそうなものばかりです。そして、彼女ならもっと快適で素敵なプランを提示してくれるでしょう。でも良いのです。ぼくの旅は終始適当で、行き当たりばったりなのです。そこにぼくは魅力を感じてしまう。

日常では、約束と計画通りに行動し、時間通りに人に会う。自分のしたい事の数よりも、自分がしなければならない事の数の方が何倍も多く、それは毎日増え続けています。今の社会を生きてゆくのは、そこそこ大変なのだろうと思います。しかし、ぼくはそんな風に社会と関わりながら、自分の能力で社会に貢献すべく、頑張ってゆく事も嫌いではない。また、大切な友人たちと心安い時間を過ごすのも素敵な事です。でも、思うのです。

時には、自分の肩書や人のつながりを一旦脱ぎ捨てて、しばし、ただの自分になりたい。

この3日間の旅を快く許してくれた妻に感謝です。買い物らしい事をしなかったこの旅で、唯一買ったものは、内子町の宿、松乃屋旅館のカウンター脇にひっそりと置いてあった手作りのストラップ。小さな花の写真が入ったブローチのようなストラップは120円でした。これを妻のお土産にしようと思います。そして、思うのです。きっと、またいつか旅に出よう、と。

高知に向かう特急あしずりの中で、久し振りにスマホのインターネットを接続しました。妻に向けて「15時4分に高知駅に着きます」とメッセージを入力します。そして、その後に何を書こうかと考えました。ふと視線を上げると、窓外に高知市内の街並みが流れていました。そしてどうやら、高知駅は、もうすぐ近くまで迫っているのでした。 

 

 

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おしまい。