南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

推理小説ファンのなれの果て

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それは1987年の事だったと思う。

新聞の書評欄に一冊の推理小説が紹介されていた。その題名は「十角館の殺人」。

講談社ノベルスから発売されたこのミステリーが、後の新本格推理小説ブームを引き起す事になる。京都大学ミステリー研究会出身の著者、綾辻行人は、その嚆矢を放った形となった。

 

それまでの日本の推理小説界は、社会派と呼ばれる作品群が主流で、その重鎮が松本清張であった。そこには金田一耕助や明智小五郎のような名探偵は登場しない。名探偵は時代遅れの児戯のようなものとされていたのだろう。そこに、新本格の波に乗り、再び名探偵は颯爽と現れた訳である。

 

その後の金田一少年の事件簿など、トリックやアリバイ崩しをメインとしたマンガや、テレビドラマなどは、この十角館に源を求めることが出来る。勿論、名探偵黄金期のシャーロック・ホームズやエラリー・クイーンをその始祖とするのだが。

 

話を十角館の殺人に戻すと、この物語はその後「館シリーズ」として数々の風変わりな館を舞台とした本格推理小説の大人気シリーズとなる。今のところ第一作の十角館から始まって、9つの館がミステリーの舞台となった。そして、現在進行形で10個目の館がメフィストで連載中だ。

 

「館シリーズ」は十作で完結すると言われており、古くからのファンとしては、待望の連載開始であり、とうとう最後の連載開始でもあり、なかなか複雑な心境だ。

 

新作の館の名を「双子館」と言う。第一話を読むに、この館は、どうも二十年近く前に発表された「暗黒館の殺人」と深い関わりが有るようなのだ。そこで、過去一度だけ通読した「暗黒館」を読み返している。

 

推理小説は一度読めば、二度目は楽しめないものが多い。犯人やトリックが分かっていても何回も読めてしまう名作は少ない。(因みに十角館は、4度読んでいる) しかし、今回「暗黒館」を読み返してみると、驚いた事に内容を殆ど覚えていないのだ。そうか、この手があったか。好きな推理小説を二十年寝かせて再読すれば、新鮮な感動を、もう一度味わえるのだ。これも、五十を過ぎた年齢のお陰である。推理小説ファンとしては、齢を重ねるのも悪くないものだと思う。