< 2017.8.23 >
台湾3日目の朝。華泰王子大飯店(グロリアプリンスホテル)の朝食バイキングで朝食を済ませました。このホテルは、ほぼ全員のスタッフが日本語で対応してくれるので本当に楽です。ただ、言葉が楽でサービスも日本的だと、海外に来ている事を忘れそうになるのが贅沢な不満です。でも、一度この快適さを味わうと次回もここを使おうかなと思ったのも事実です。
<世界で唯一つの印鑑を作りに行く>
この日は妻が「絶対に行きたい!」と鼻を膨らませて訴えた「活字」を販売しているというお店に行く事にしました。MRTに乗り「雙連」から「中山」へ移動します。中山駅を出て南京西路という大通りに沿って西へ進み、大きな交差点を南に折れて進みます。大通りから脇に伸びる細い路地に入ると急に視界がくすんだモノトーンに変わり、雑然とした雰囲気を帯びてきました。路地に面して小さな工場や事務所が並んでいて、そこで働く男たちが行き交います。
台北に滞在中、何度かこういった感じの通りで上半身裸の男たちを見ました。ちょっとぎょっとしますが、八月の台北は暑いですからですからありきたりの光景なのかもしれません。何にせよ、庶民の生活力を感じられる場所がぼくは好きなのです。
やがて目的地が見えてきました。中小企業の工場の並びのような通りに、そこだけに観光客が群れています。その場所の名前は「日星鑄字行」。活版印刷の活字を製造販売しているお店(会社?)です。
そもそも「活版印刷」とは何かというと、その昔に一般的に行われていた印刷方法です。今ではPC画面上の原稿はボタン一つでプリンターに出力されますが、以前は活字を一字一字組み合わせて「活版」を組み、インクで紙に印刷していたのです。
時代に飲まれ多くの活字屋が廃業していきました。そして「日星鑄字行」は、最後まで生き残った台湾で唯一の活字屋なのです。そして、なぜここが観光客に人気なのかといえば、繁体字(台湾語)でオリジナルの印鑑が作れるからです。
妻は早速、活字のぎっしり詰まった棚をのぞき込んでいます。あまりに活字が多すぎて自分で探すのは無理だと判断し、お店の人に探してもらいました。そして、ぼくと妻のそれぞれの名前を活字を組んで印鑑にしてもらいました。妻は目的を果たしとても嬉しそうです。
<東門・永康街(ヨンカンチェ)の出会い>
ぼくらは「中山駅」まで戻り、MRTで「東門」へ移動しました。
「東門」は、ぼくにとって苦い思い出の場所なのです。2年前に台湾へやって来た時、東門の公園のベンチにスマートフォンを置き忘れて紛失しまったのです。夜11時過ぎにホテルに戻ってから気付き、慌てて交番へ行ったのですが、日本語は勿論通じず遺失物の届け出にとても苦労しました。お巡りさんも困り顔でしたが、最終的に筆談で何とかコミュニケーションが取れました。我ら漢字兄弟!!ブラボー!そう思いましたね。その時は。
永康街には、あの小籠包で有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)の本店があります。そういえばぼくらは台湾に来ながらまだ小籠包を食べていません。取り敢えずお店を目指しますが、平日なのにすごい行列。そのまま通り過ぎる事にしました。
そんなぼくらが、食べる事にしたのは「天津葱抓餅」。ここも行列になっていましたが、まだ並べるレベルでした。フカフカの葱餅はクセになる味わい。
それから目的もなく歩きます。これがぼくらの基本スタイル。永康街を更に進んでいくと、やがて観光客も見えなくなり普通の街並みが広がって行きました。
歩き疲れと暑さにヤラレてしまい、ぼくらは何処でも良いからお店に避難して何か飲もうという事になりました。手っ取り早く、通りの向こうに見える洒落たお店に逃げ込みました。
冷たい飲み物を口にして少し落ち着いたぼくらは店内を見回します。落ち着いていて、かつ、カジュアルな良い感じのお店です。
ぼくらは8人掛けの大きなテーブルをシェアするように相席で案内されました。先にテーブルについていた若い男女3人組が座って談笑しています。勿論、台湾語なので何を話しているのか分かりません。
エアコンの効いた店内で、汗も引いて生き返ったぼくらは急速にお腹がへってきました。そういえばお昼に口にしたのは、1つを2人で分け合った葱餅のみ。しかも店内の真ん中には客席から見える形でキッチンが備えてあって、いい匂いがしてきます。ベタな演出ならここでお腹がぐぅと鳴るところでしょう。
ぼくが妻に向かって「ここ、料理が美味しそうじゃない?」と言うと、相席の女の子が「ここ美味しいですよ」と言ってきました。
あれ?日本語?
「あ、ああ!そうなんですね。じゃあ何か食べようかなあ」若い女の子は少しだけ微笑んで、3人組の台湾語の会話に戻って行きました。
ぼくらはキノコのピザをオーダーしました。これが本当に美味しかったです。ピザをつまみながら妻と話をしていると、隣の若い3人組の会話の中に時折、日本語の単語が混ざるのが分かります。
「旅行ですか?」さっきの若い女の子が、しばらくして話しかけてきました。
「ええ。そうなんです。それにしても日本語お上手ですね」と答えると彼女は少し笑って「私、日本人なんです」と言いました。
その後の会話で分かったのは、彼女は関西出身の25才だという事。台湾に嫁入りして1年半になるという事。台湾語が全く話せないまま来てしまって苦労したが、語学学校に通って何とか頑張ってるという事。隣に座っている好青年(爽やか系のかなりのイケメン)は彼女の夫だという事、等々。ご主人は台湾人ですが、とても綺麗な日本語を話します。
やがて少し打ち解けて会話がスムースになっていきました。
「鼎泰豊は行きました?」
「いいえ、行ったんですけど凄い行列だったんでパスしました」
「あはは、あそこはいつ行っても日本と韓国の観光客ばかりで地元の人は行かないんですよ」日台の若い夫婦は、時折、内容を確認するように顔を向け合います。仲が良さそう。
「地元で評判の小籠包のお店があるんですよ。ねえ、あのお店、何て言ったっけ?この前行った所」奥さんがスマートフォンをスワイプしながら言えば「あ、あれは〇〇〇だよ!あそこは美味しいね」とご主人が答えます。彼らがスマートフォンを手に評判のお店を教えてくれました。
「あと、私がお薦めなのは素食のお店!ベジタリアン料理なんですけど、とっても美味しいですよ」
更に、お薦めの台湾土産なども教えてもらって会話も一区切りした後、若い奥さまに「ご主人とっても男前ですね」と言うと、照れながら隣のご主人へ台湾語で通訳しています。今度はご主人が大いに照れながら「いえいえ、ありがとうございます」と、はにかみました。優しさと男らしさが両立する顔つきなのです。
楽しい時間の後、彼らは「良い旅行を」と微笑みながら先に店を出て行きました。そして、ぼくらは互いにバイバイと子供のように手を振り合いました。
少し静かになった店内で妻が言いました。
「彼女、きっと日本語をしゃべりたかったのよ」
「そうかなのかなあ」ぼくは適当に答えます。
「寂しかったのよ。本人が気付いていようと、気付いていまいと」
うん、そうなのかもしれないな。そういうものかもしれない。
ぼくは粉のような小さな欠片の残った、空っぽピザの皿を見ながら、そう思ったのでした。