ある日職場の若手Mくんがやって来て、ぼくに申し訳なさそうに言った。
「あのーすみません。よさこいの参加申込書を出していただいて良いですか・・」
「あー、ごめんごめん。今日出します!」
ぼくは、夏休みの宿題をやっていない中学生の2学期のような返事をしてしまった。
10日ほど前に、よさこいチームの取りまとめをしているMくんから今年のよさこい祭りの踊り子隊の参加申込書もらっていたのだが、そのままにしていたのだ。
高知のよさこい祭りは、かなり「アツい」。
まず、何よりも体感温度が「暑い」。よさこい祭りは、高知の8月で、過去もっとも雨が降らないといわれる10日から13日までの4日間で開催される。お陰で、だいたい一日中真夏の太陽に炙られるようにして踊り続ける事になるのだ。踊りと踊りの合間に缶ビールは飲み放題。飲んだビールはそのまま汗になって蒸発してしまい、いくら飲んでも不思議と酔わないのだ。そして次には、よさこい祭りの踊り子たちの、この祭りに賭ける意気込みが、とにかく「熱い」のである。踊り子たちは、サンバに一年を賭ける南米人のように、このよさこいに賭けている。
1年前の、高校時代の部活動以来味わうことの無かった、あの青春のような「暑さ」と「熱さ」を思い出すと、気持ちはあるのだが心が二の足を踏んでしまう。よさこいを踊るには覚悟が必要なのだ。
6月2日。2018年の踊り子隊の練習はじめの日。1年振りの懐かしい顔同士が「今年もよろしくお願いします」と挨拶を交わす。ぼくらのよさこいチームは、病院に勤める人を中心に結成された混成チームだ。その中で、ぼくらは言ってみれば志願して駆けつけた傭兵のみたいなもの。ちょっと例えが違うか。ともあれ、ああ、今年も高知の夏が始まるなあと思う。
初日の練習を終え、「決起大会」という名の飲み会が、練習後に開かれた。誰かの行きつけなのだろう、路地裏の壁に張り付いた、小さなドアには「カラオケスナック 和」と書いてある。午後9時前から始まった「決起集会」は、昭和歌謡の歌声が鳴り響く、午前1時の3次会の様相で始まった。(まだ1次会なのに)
飲み放題、歌い放題3000円の「決起大会」は、その後3時間を超えても終わる気配が微塵もなく続き、ぼくは改めて、愛すべき土佐人の宴会好きに微笑んでしまう。
昨年を思い出す。
祭りが終わり1日中踊り続けて、くたくたになったぼくらは、帰るのも名残惜しく誰もが祭りの余韻に浸っていた。転勤族のぼくらの中で、高知在任期間が最も長くなっていたMくんに誰かが言った。
「Mはもう今年が最後のよさこいだな」
誰かが合いの手を入れる。「来年はどこにいるか分からないけど、よさこいの時にはもちろん高知に来るんだろ」。
Mくんが「いやー、それは・・・」と少し寂しげに言うと、皆、どっと笑った。笑った者たちの、夜気に浮かび上がった笑顔が素に戻る時、それぞれの顔に少しの寂しさが浮かんだようにも見えた。
そんな事があってから、もうすぐ1年が経とうとしている。時の経つことの速さには、年々驚くばかりだ。
Mくんは人事異動もなく今年も無事に(?)よさこい踊り子隊の取りまとめをしている。
Mくんに参加申込書を手渡しながら言った。
「結局、今年も一緒に踊れるなあ」
「はい」Mくんが応える。
「よーし、今年も思いっきりビールを飲みながら、思いっきり踊るか!」
ぼくは今年の覚悟を決めながらMくんに言った。
「はいっ!!」
Mくんは一段大きく響く声で、この上もない気持ちの良い返事をしたのだった。