
夏の甲子園の決勝が行われた。
ぼくは、あまり高校野球を観ない人だ。それは、高校野球を巡る成り立ちが好きでないから。
そもそも自分が小中高生の頃にやっていた部活動がサッカー(Jリーグもない頃だ)と剣道だったので、なぜ同じ部活動で野球だけがチヤホヤされるんだ?というヒネクレタ原風景がある。それに純粋な高校生達をネタに大人の世界でお金が動くことが(放送の面で)好きでない。純粋な高校生達が無給で働かされて使い捨てのように思えてしまうのだ。
そんな風に思ってしまう自分の事が、正直にいうと好きではない。
ぼくは羨ましいなあと思う人がいる。例えば、それは高校野球に青春の輝きを見いだせる人。例えば、それはジャイアンツが勝てばご機嫌で負ければ不機嫌な人。例えば、それは大谷選手が活躍すれば嬉しく思える人。
これは皮肉でも何でも無く、純粋にそう思う。ぼくもそのような人になりたいと。けどそうはなれない。それは、ぼくがひねくれているからだ。
そんなひねくれたぼくが、今年の甲子園の決勝を前日から楽しみにして、当日のTVの前で待ち構えた。それは沖縄尚学と日大三高の決勝戦だったから。沖縄に3年弱住んでいたぼくは、もちろん沖尚を応援していた。沖縄対東京だったということも、きっとその気持ちを強くしたと思う。別に日大三高が嫌いな訳では無いけど。
結果はご承知の通りだが、ぼくにとっては格別に嬉しいものだった。
ジャイアンツや大谷選手の活躍を楽しめる人たちは、このような高揚感をたびたび味わえるんだろうなあと思うと、改めて羨ましくなった。
この決勝戦の行われた時間帯に、沖縄の街は機能停止のような状態に陥ったという。


3年ほど住んだ沖縄の街と、出会った沖縄の人たちを思い出す。
少しの時間でも沖縄に住んだからか、本土に戻ってからのメディアの沖縄の扱い方に違和感を感じる。ぼくが住んでいた沖縄は、南国リゾートなだけではなかった。
戦争の傷跡、米軍基地への複雑な思い、同じく本土への複雑な思い。それでいて、心やさしく、明るい前向きな人たち。
TVの前で「沖縄尚学、優勝おめでとう。沖縄のみなさん本当におめでとう」と思う。
こんな気持ちにさせてくれた沖縄のすべてにありがとうと言いたくなった。
そして、またあの土地に暮らしてみたいと思う。それは現実的にはなかなか難しいことだけれど、あの土地でもう一度暮らしたいと心から願った。