食べ物の記憶というものは、長く忘れない。
学生の頃に読んだ村上春樹の初期の小説で、主人公がビーフカツレツとビールを美味しそうに食べるシーンが描かれていて、田舎から上京したばかりで世間知らずの僕は「あーいつか食べてみたい」と思った。
若い頃に「あーいつか食べてみたい」と思ったのが、もう1つあって、それはビーフシチューだった。こちらは学生時代を過ごした八王子の駅北口にあった小さなレストランの店先のショウウインドウの中にロウで作ったものが飾ってあった。お肉がゴロゴロしていてゴージャスなビーフシチューだった。
若い頃の「あー食べてみたい」は、良いものだという思いがある。今は小さな子どもの頃から美味しいものを食べられる。小学生の好きな食べ物にお寿司(トロ)があげられるようになったのももう随分昔になったようだ。小さいうちから美味しいものを食べられるのは、少しかわいそうだなと思う。
大人になったら、自分で稼げるようになったらいつかビーフカツレツとビーフシチューを食べるのだと、若い僕は思った。
社会人になって、忙しさに飲み込まれすっかりそんなことは忘れていたので、実際にそれらを食べるのには随分な時間がかかったが、自分で稼いで食べたいものを食べる事で、大人になったような気がした。
今でも不意にビーフカツレツが食べたくなり、一人で馴染みの店へ出掛ける。仕事帰りのこの日は車だったので、ビールはお預けとなった。やはり、ビーフカツレツにはビールが欠かせない。村上春樹的に。
次回は、昼にでものんびりと歩いてこようと思う。