南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

マボロシタクシー、国際通りをゆく

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国際通りを歩いていると、ぼくの目の前を黒塗りのタクシーが走って行った。

黒いピカピカのボディの横腹に「MABOROSI  TAXI(マボロシタクシー)」の金文字が光った。マボロシタクシーって良いネーミングだなあと思う。

 

11月の夜の国際通りをマボロシタクシーが走ってゆく。

沖縄県内で一台だけのマボロシタクシーが走るのを見た人は、とてもラッキーだ。

マボロシタクシーは、いつも走っているわけではない。運転手は黒ずくめのスーツを着たどっしりとした男で、いつも気まぐれなのだ。彼の気が向いた夜にだけ、マボロシタクシーは国際通りを流している。

 

もし、マボロシタクシーに手を挙げて停まってくれたら、それは驚くべきことだ。マボロシタクシーは乗りたくて乗れるタクシーではない。マボロシタクシーに乗れるのは、マボロシタクシーに選ばれた客だけだ。

 

ドアが開き革張りのシートに腰を埋める。柔らかな革に包まれた程よい弾力のシートは、客の体を丁度良い力で押し返し、身体を包み込むような感触に高級ホテルのロビーにいるような気分になってくる。

 

「どちらまでですか~」黒ずくめの運転手が低い声で言う。ココロの隙間を埋めるような優しい声で。

 

そして、マボロシタクシーは、あなたを望むところへ連れて行ってくれる。

 

例えば、ずっと行ってみたかった、龍神の棲むという北端の岬へ。

そこへ行けば、すべての悩みが解決し、どんな人も瑞々しい生命を得ることが出来るという。

 

例えば、乾いた風が心地よくそよぎ、青い空の下にはエメラルドグリーンの海と、真っ白な砂浜が広がるリゾートビーチへ。

潮騒の音しか聞こえないビーチで、永遠に続くリゾートの午後。空から花が降り注ぎ、テーブルの上のビアグラスは官能的に汗をかいていて、早く私を飲んでくださいと囁く。

 

マボロシタクシーは時空を超えて走る。あなたがもし過去にに戻りたいと望むならば、その時に戻ることが出来る。

 

例えば、彼女に正直な思いを伝えるべきだったのに、伝えられなかった駅からアパートへの帰り道へ。

 

例えば、もう少し強く押すべきだった海沿いのドライブの夕刻。助手席のあの娘の横顔を、愛しいと感じた瞬間へ。

 

例えば、就職活動の最終面接会場へ向かう自分に会うために、丸の内のビル街へ。

 

例えば、急に常務が出席することになった会議の日の会議室へ。

 

あなたは、マボロシタクシーを急ぎ足に降りると過去の自分に駆け寄り、驚く自分の耳元に顔を近づけてこう囁く。

 

「⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪よ」

 

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11月の暖かい夜風が流れる国際通りには、マボロシタクシーが走るという。

それを見た人はとてもラッキーだ。もし、それに乗れたなら、それはマボロシタクシーに、あなたが選ばれたということだ。そんな僥倖に包まれた夜は、いつまでも長く甘美に続くという。

 

 

一台のタクシーがぼくの前を走り抜けたことから、そんな夢想をしてしまった。

最近、藤子不二雄Aの漫画を楽しみに読んでいるせいだと思う。

マボロシタクシーの運転手は喪黒福造のイメージだ。

ぼくの前を走り抜けた黒塗りのタクシーの金文字は、よく見ると「MARUBOSI  TAXI」だった。アルファベットの下に金文字の漢字でこう書いてあった。「丸星タクシー」。