まだ肌寒い2月の末、高知市内の牧野植物園に出かけた。春の訪れにはまだ少し早い時期でしたが、それでも花々はそれぞれの出番を守るように咲いていました。
この一週間はあらゆるメディアで、俳優としても活躍する有名ミュージシャンの薬物使用事件の報道が流れ続けた。
薬物使用を肯定する事はありませんが、表現者として第一線であり続ける事は、一般人には想像も出来ないくらいに過酷な事なのかもしれないなと想像しました。
編集者の河野通和氏が、先日お亡くなりになった作家の橋本治を偲んで書いた文章の中に次のような一文があった。それは橋本治の言葉でした。
<平成の三十年は不思議な時間だ。多くの人があまり年を取らない。‥‥年を取らず、成熟もしない。昔の時間だけがただ続いている。‥‥昭和は、その後の「終わり」が見えなくてまださまよっている――としか思えない。>
時の流れが止まったような、恍惚とした夢の中に希望を見いだすことは出来ないと思うのです。
園内に咲く花たちは、彩りの中に静かに燃える生命を表現している。
花たちは巡る季節に沿って、あるがままの姿で咲いている。その短い一時の目映さを惜しむことがあるだろうか。
「エバーグリーン」の時代を「映える」事で生きるぼくらは、きっと少し疲れている。
植物学者の牧野富太郎博士は日本の植物学の先駆けであったが、その生涯の殆どで無名であり、経済的に困窮し、妻にも先立たれた。
70歳を超えてもフィールドワークに没頭した牧野博士の業績が、世間的に日の目を見るのは、75歳を過ぎた頃だ。牧野博士らしい大輪の花を咲かせたのは最晩年だった。そしてその事さえも、ただ「あるがまま」であったようにみえる。
2月末の植物園でこの日、牧野博士が一番好きだったというバイカオウレンの小さな花が、春の訪れを告げるように、静かに咲いていました。