2017.7.8
今治11:35発ー松山12:10着
松山13:24発ー伊予市13:32着
<四国を旅するなんて思いもしなかった>
予讃線を走る特急しおかぜ5号は、流線型の車体をシルバーに輝かせながら西へ向かいました。今治から松山までをノンストップで30分程かけて走ります。
「四国を旅するなんて思いもしなかった」ふと、ぼくは思います。
ちょうど一年ほど前、ぼくは会社の人事異動で高知に住むことになりました。正直、それまでに自分が四国に暮らすというイメージを持っていませんでした。
九州生まれのぼくは、少年時代に自分の生まれた九州という土地を、島国の中の更に小さな島、だと思っていました。
「ここじゃない何処かへ」
地方都市の少年が大人になる前に通る通過儀礼のような思い。別に意思を持って東京に出たかった訳ではなかったんだろうと、今は思うのです。
「もっと大きな場所へ」
世間知らずの少年の夢想は、九州から四国を超えて更にその先を目指しました。
12時を過ぎた頃、列車は四国最大の街、松山に近づいていました。左手の車窓から見える山上の城は名城・松山城なのでしょう。列車は速度を落としながら松山駅のホームに侵入しました。
ぼくは更に思うのです。この一年で、四国と四国の人がとても好きになりつつあるな、と。
<Sくん、鉄道を大いに語る>
13時32分にぼくを降ろした特急宇和海15号は、先を急ぐように伊予市駅ホームを離れました。この時間帯は無人駅となっている伊予市駅で、駅員の代わりに切符を切っていた、若い丸顔の女性車掌を乗せて列車は出ていきました。
列車が出てしまうと、人気が無く「しん」としまったホームのベンチで、ぼくは時刻表を開きました。フリー切符の旅なんていっていますが、実はぼくは時刻表の読み方もよく分かっていません。この旅のルールでスマホは禁止ですので、慣れない時刻表を眺めながらなんとか移動を繰り返しているのです。
今日はこの後「日本一海に近い駅」とも言われる下灘駅を目指します。ところが、この伊予市から先は線路が二手に分かれ、一方は海沿いを予讃線として下灘へ、もう一方は内子線と名を変えて内陸部へ迂回し、伊予大洲へと抜けて別れた予讃線と合流するのです。内子線に入ってしまうと下灘を通り過ぎてしまうのですが、走る列車の中、最後までどちらに向かうのかがよく分からず(アホですね)、分岐の起点である、この伊予市駅で飛び降りたのです。慌てて下車したのは良いのですが、無人のホームのベンチで時刻表を確認すると、次に下灘へ向かう列車は約一時間半後。殆どの列車が通過してしてしまうのがこの伊予市駅でした。うーん。
狭い駅舎の中改札には「14時まで駅員は不在にします」との掛札が。手持無沙汰も極まれり。
がらんとした狭い駅舎の中に、黄色いTシャツを着たひとりの子供がいました。彼は、カメラを抱えた暇そうなおじさん(ぼくの事)が気になるらしく、チラッ、チラッとこちらを伺います。
少年は一人でいたので、気になって声を掛けました。
「こんにちは。一人で来たの?」
少年は少し恥ずかしそうに「ママが用事で、ぼくは待ってる」と答えました。
「ふーん、そうなんだ。えらいねえ」
まだ硬い表情で、少し笑った少年は前歯が無くて可愛らしい。
時間を持て余したぼくは、しばらくの間ぽつりぽつりと、その少年と会話をしました。
やがて、少年は、少し慣れてきた様子になってきました。
「何年生?」
「2年生」
「名前は何ていうの?」
「Sです」
Sくんも退屈していたのか、暇そうおじさんに話しかけてくるようになりました。
「今度なあ、ビールトロッコ列車にのる」
「びーるとろっこれっしゃ?」
「うん。去年もなあ、ママとビールトロッコ列車にのった」
どうやら夏のイベント列車の事のようだ。
「ほんでなあ、去年はなあ、ビンゴで二等が当たってなあ、ビール6ケースもらった」
ぼくもSくんとの会話が楽しくなってきた。
「ビール6ケースかあ!すごいねえー」
「ママはなあ、ビールが当たってすごい喜びよった」
Sくんは嬉しそうにそう言う。あんまりしゃべりすぎるとママから怒られちゃうぞお。
すっかり打ち解けて、その後もSくんとの会話は続きました。
壁の時刻表を指さしながら「星印が付いているのはアンパンマン列車だ」と教えてくれたり、「特急宇和海はグリーン車があるとか書いてるけど本当はないんで」とか、ぼくも分からない路線名を挙げながら「今まで乗った事ある列車が10あるんで」とか教えてくれた。
予土線に風変わりな列車が3つあって列車3兄弟と呼ばれているらしく、「8月の5日、6日に列車3兄弟に乗りに行く」と楽しみで仕方ない様子で話してくれた。
「おじさんは何処に行くん?」
「おじさんはこれから下灘駅に行くんだよ」
「へー。そしたら下灘駅に下灘コーヒーていうのがあるから飲んだらいいよ。このあいだテレビでやってた。美味しいらしいよ」
そう言ってSくんは少し大人びた口調でぼくに教えてくれた。
上りの列車がホームに入って来た。ぼくの乗る方向とは逆だ。Sくんは、この列車は〇〇だとぼくの知らない事を解説してくれる。
上りの列車が出発するまでの短い時間にSくんは駅員が出発の点検をする真似を上手にして見せてくれました。
「Sくん、記念に写真を撮ってあげるよ」と、ぼくが言うとSくんは、少しおどけて敬礼のポーズをとってくれました。
それからしばらくすると、Sくんのママが用事を済まして駅のホームへやって来ました。それでもお構いなしでぼくに列車の事を解説してくれるSくん。ぼくはSくんのママに挨拶し「列車が好きなんですねえ」と言うと「ええ、そうなんですよー」Sくんのママは明るく微笑みながらそう答えました。
14時5分の列車を見届けてSくんはママと帰っていきました。駅舎内には駅員さんも戻って来て、少し客も増えてきました。
また一人になったぼくはベンチに腰掛けスマホを取り出し、ブログを更新しました。ブログの更新だけはスマホOKなのです。
フリー切符の旅は、行き当たりばったりの旅です。だからこその楽しさもあるのでしょう。
さて、急ぎの旅でもありません。もう少し列車を待つこととしましょうか。
つづく。