南風通信

みなみかぜつうしん あちこち 風のように

GRⅢ

ウイスキーの味わい

土曜日の夜に友人Kと蕎麦を食べに行くことになった。初めての蕎麦屋だった。 ぼくもKも蕎麦は好きだが、蕎麦を食う前の酒がもっと好きというタイプである。つまみながら日本酒を気持ち良く飲み、お互いの近況などを話した。 蕎麦は美味しかった。関東には美…

街の記憶32

2022.11 大分市 今年の6月から故郷に戻り、新しい仕事と新しい生活が始まったのだが、まだペースが掴めないような日々を送っている。 普通に生活を送っているつもりなのだけれど、やはり、新しい環境に対応する事に追われているのかもしれない。 もう11月な…

にわか矢沢永吉ファンの独り言

台風14号に振り回された3連休となった。 実は、9月18日の福岡PAYPAYドームの矢沢永吉のコンサートに行く予定だったのだ。 正直に言うと僕は矢沢さんのファンではない。でも、矢沢永吉というアーティストの生き方には魅せられている。73歳であれだけ…

ちいさい秋みつけた

9月に入っても盛夏のままの強い日差しは、露出した肌をじりじりとさせるのだけれど、ふっと流れる風に微かな秋の気配が混じり始めたように思う。こんな感覚は沖縄にいた3年のは感じることは無くて、少し懐かしさを覚えながら内地に戻ってきたことを実感す…

ONCE(かつて・・)①

2022.3.22 沖縄市 かつて・・、わたしは古いステーキハウスにいた。 沖縄市にあるその店「パブラウンジ・エメラルド」は、巨大ショッピングモール「ライカム・イオンモール」の近くにあった。 「ライカム」という言葉は聞き慣れないかもしれないが、現地では…

街の記憶31

夏の日は、街に光が溢れていて、街撮りの写真散歩にはもってこいの季節だ。 写真には良いのだが、写真を撮っている者には、ちょっと厳しい。 夜に賑わう歓楽街を、白けたように佇む昼の間に歩くのが好きだ。 人気は無く、結界が破られて魔力の及ばなくなった…

街の記憶30

7年間大分を離れていたら、街並みが様変わりしていた。 7年前といえば、GRを手にしてカメラを始めたばかりで、とにかく写真を取ることが楽しくてたまらない時期だった。 久し振りに大分の街を撮ろうと出かけたが、その頃に撮ったビルや古いバーが無くなって…

街の記憶29

沖縄生活が残り少なくなる中で、最近は「ここに来るのは今日が最後かも」と思うことが増えた。この日は、牧志駅周辺をカメラ散歩。 昼食は餃子が有名な中華屋さん。 この日は4月初旬。コロナで閑散としていた街が、少しずつ回復しつつあった。 ずっとシャッ…

沖縄カウントダウン(ゆいレール気まま編)

沖縄生活が残り少なくなりそうだと思うようになってきて、今のうちにやっておこうと思うことをやっています。沖縄でやっておきたいことの一つが「ゆいレール乗り放題散歩」です。 これは2月のこと。平日休みのある日、沖縄モノレール「ゆいレール」の一日乗…

街の記憶28

沖縄生活も、あとどれくらいだろうと思うようなこの頃。 街の記憶を沢山残しておきたいと思う。 最近はすっかり春めいてきて(沖縄は初夏のようですが)、カメラ散歩にはもってこいの季節です。 明日も相棒(GRⅢ)と一緒に出かけようか。

首里城周辺を歩く

久し振りに首里城を訪れました。 2019年10月の火災で正殿が焼けてしまった事は、全国ニュースでも報じられました。 ぼくが転勤で沖縄にやって来たのは2019年8月の事。わずか2ヶ月後の火災で正殿は焼失してしまい、ぼくは首里城正殿を見ることが出来ませんで…

センチメンタル・シティ

国道330号に雨が降っていた。車窓の外に降る2月の柔らかな雨は、どこかセンチメンタルだった。その雨の中を、ぼくは車を走らせて、かつてコザ市と呼ばれた地域に向かっていた。 国道沿いに米軍基地のフェンスが長く続く側道を、大柄な白人のジョガーが雨…

変わりゆく故郷

今年の正月は、久し振りに故郷へ帰省した。 中心街の駅前は、数年前の駅ビルを中心とした再開発ですっかり小綺麗になっていて、ぼくらが中高生の頃に時間を持て余して、犬ころのように彷徨いていた面影はない。 小学生の頃に住んでいた家を訪ねてみたが、も…

読谷村旅行の記録②

12月の上旬に読谷村へ旅行した時には、コロナの感染者が再び増えるような兆候は見られなかったのですが、年が明けて沖縄の新規感染者数は1500人を超えてしまいました。 第五波のピークが800人程でしたので、驚くほどの拡大になっています。 このような状況下…

街の記憶27

国際通りに、修学旅行の生徒たちが多く見られるようになった。もう年末なのに、こんな時期に修学旅行なの?と思う。 12月の那覇市は、連日気温20度を超えていて日によっては暑さを感じます。 今年も、あと10日余りなんだと気付き、ちょっと焦るような心持…

読谷村旅行の記録①

先日の読谷村への一泊二日旅の記録を、少々書いておきたいと思います。 初日はのんびりと出発することにして、10時過ぎに家を出ました。 昼食は以前から気になっていた、嘉手納町の「カデナマリーナ」にある海辺のアメリカンレストラン、その名も「シーサイ…

変化の日々に疲れたら

那覇市 2021.11 思えば、社会人になってストレスフルな職場で働くことが多かった。新卒で入社した会社は、今の基準でいえば完全にブラック企業だった。 当時の職場で、キレた支店長が中堅営業マンに跳び蹴りをした光景を忘れられない。その会社で15年ほど働…

沖縄生活も2年経てば・・・

那覇市 2021.11 沖縄に暮らして2年半が経つと、この街で初めて「寒い」と思うようになった。 1年目は全く寒いと思わなかったので、体がこの南国に馴染んできたんだろう。 11月の下旬なのに会社には半袖のかりゆしウェアで通っている。天気予報で寒さが厳しく…

マボロシタクシー、国際通りをゆく

国際通りを歩いていると、ぼくの目の前を黒塗りのタクシーが走って行った。 黒いピカピカのボディの横腹に「MABOROSI TAXI(マボロシタクシー)」の金文字が光った。マボロシタクシーって良いネーミングだなあと思う。 11月の夜の国際通りをマボロシタクシー…

街の記憶26

夜歩く。 街の光景は昼間と違っていて、 そぞろ歩きの人たちは、少し解放されたような表情だ。 国際通りは少しずつ息を吹き返している。 乗車中のタクシーの隣を、別の客を乗せたタクシーが抜けていく。 遅くまで開けるようになった店の前で、おねえさんが…

街の記憶25

那覇市の歓楽街「松山」を昼に歩く。人気はなく静かだ。歓楽街はどこもそうだが、昼間はどこか白々しく感じられる。それが夜になれば魅惑の熱を帯びてゆくのだ。 コロナのお陰でこの界隈には足を踏み入れたことがなかった。緊急事態宣言が解綬され、今、夜は…

街の記憶24

街は移り変わってゆく。 コロナ禍の下、国際通り周辺では古いビルの取り壊しがちらほらと見える。 その辺の事情には明るくないが、コロナ禍との関連は何となく想像がつく。 その一方で、新しいビルやホテルが建設中だったりする。 コロナ前、その古いホテル…

街の記憶 23

街中をぶらぶらと歩く。 カメラのシャッターをパチパチと。 お腹が空いたので 最近お気に入りの和楽の肉中華そばを食す。 ジュンク堂で本格ミステリーの新刊を購入し 古書店で学生時代に読んだ詩集を購入する。 そんな一日でした。

ようやく台風一過

2021.7 那覇市 いやー参りました。 7月22日から4連休だったのですが、21日に沖縄本島に接近した台風6号がそのまま留まり続けてしまい、連休期間中のほぼ全てが強風と雨に見舞われ自宅軟禁状態でした。 今日の午後外へ出て、ああ、もうお休みが終わってしまう…

街の記憶 22

2021.5 那覇市 那覇市の牧志公設市場周辺は、ごちゃごちゃと通りが混み合っていて、歩くいていて飽きない。コロナ禍で観光客が少ないから歩きやすいし、写真も撮りやすい。 でも、人の数が少なくなって、この界隈が持っていた熱のようなものは見られなくなっ…

街の記憶 21

沖縄が緊急事態宣言に入る前に、映画を観た。 話題になった映画なので、観た人も多いかも知れない。タイトルは『ノマドランド』。 僕はロードムービーが好きなので、この映画がロードムービー的だと聞いて、とても気になっていた。 イージー・ライター、ファ…

雨宿り

2021.5 那覇市 ある日。梅雨の日の事。 スコールのような強い雨が、地面を叩きつけるように降り続けた。 ここは南国の島だという事を思い出させるような雨。 傘も持たないのにカメラだけはしっかり持って出かけたカメラ散歩は、思いの外の強い雨で行き場を失…

街の記憶 20

コザ・ゲート通り周辺は、まるで異国のようだ。 ライブハウスからハードロックの演奏が聞こえてくる。店の前で足を止めて、しばらくの間、耳を傾ける。ロックミュージックはやっぱりライブが良い。自然に体がリズムを取り出す。 そういえば、ここはコザロッ…

街の記憶 19

写真家の森山大道さんは、もし25歳の時の自分にばったり会えたらなんて言ってあげたいか?と問われて、こう答えたという。 「いいから撮れよって(笑)。ツベコベ、ゴニョゴニョ、ブツクサ言ってないで、一枚でも多く撮りなさいよ。いいから、はよ撮りに行け…

うりずん

相手の事を思って身を引こう、なんていう美意識は、昭和の演歌の中くらいにしか無くなってしまったのかなあ等と思う午後を過ごす。 欲しいものが欲しい。もっと欲しいものは、もっと欲しい。 複雑に巧妙で洗練された資本主義社会に生きる僕らは、空気を吸う…