南風通信

あちこち 風のように

私的不定期名曲選⑮「この曲もえーやん!」/すべてのありふれた光 ( GRAPEVINE)


GRAPEVINE - すべてのありふれた光 (Music Video)

 

2000年前後の事だったと思う。当時、大田区の大森に職場があって、毎晩その界隈を飲み歩いていた。まあ、あの頃はよく飲んだものだと思う。バカなお金の使い方をして良い気になったり、かなり危なかったなと、今になって冷や汗をかきそうな出来事に遭遇したりと、自分史の中の「無頼派気取りの時代」だった。恥ずかしい事に。

 

ある夜。たしか、京浜東北線のガード下のバーだったと思うが、カウンターで見知らぬ男と並んで酒を飲んだ。ぼくはたぶんもう何軒かをハシゴしてその店にたどり着いたのだと思う。そこそこ酔っていた。

気分が良かったせいもあって、その見知らぬ男に声を掛けたのが始まりだ。最初はお互いに「この店はよく来るんですか」みたいな当たり障りのない事を話したが、いずれ話題は音楽の事に落ち着いた。ぼくもその男もロックミュージックが好きだという共通点があったので、話は意外に盛り上がった。どんなバンドを聴いてきたか、そして、どんなロックが好きかについて。

 

90年代の日本はユーロビートブームに沸き、ダンスミュージックが街を席巻した。日本語ラップが台頭しつつあったりもして、ロックミュージックは片隅に追いやられているような気がしていた。ぼくと見知らぬ男はそんな状況が不満で、ロックミュージックの再興を願っていたのだ。

 

いくつかのロックバンドの名があがった後、その頃「退屈の花」というアルバムでデビューしていたGRAPEVINEの事が話題にあがった。

ぼくは「退屈の花」のCDを買って聴いていたので、このバンドが地味だけど、とても本格志向で良いバンドだと思っていた。その事を伝えると、その男は嬉しそうに、GRAPEVINEの良さについて語った。

しばらくして彼が言う。

「俺、GRAPEVINEのドラムスの亀井さんと知り合いだけど、話してみたくない?」

ぼくが酔った顔で彼を見つめ少し驚いて見せると、彼はジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。

「お疲れっす。いや、いま大森で飲んでまして、隣にいる人がバインのファンだっていうんで電話したんです。ちょっと代わりますね」

ぼくは急な展開に戸惑いながら携帯電話を受け取った。

「あ、もしもし」

「あ、どうも」

 

電話の向こうでぼそぼそとした低い声が聞こえた。少し眠そうな声だった。もしくは、酔っぱらった知人からの深夜の電話に、少し戸惑っているような声。

 

「あ、退屈の花、聴きました。とても良かったです」

「あ、ありがとうございます」

 

たどたどしい会話が数往復して、ぼくは携帯を隣の男に返した。

 

もう二十年近く前のバーでの出来事を不意に思い出したのは、カーラジオのFMから、この曲が流れて来たからだ。

 

「GRAPEVIN すべてのありふれた光」

 

あの晩の男とその後会うことはなく、あの携帯電話の声の主が本物かどうかも分からない。

GRAPEVINが「葡萄のつる」という意味で、西洋では「よくない噂」という意味でも使われると知ったのは、つい最近の事だ。

20年経って、このバンドがブレずに本格派のロックバンドであるという事を嬉しく思った。そして、聴いていない古いアルバムたちを、一つづつ順番に聴きたくなった。