南風通信

あちこち 風のように

「そうなが」を、なめたらいかんぜよ

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今年の7月24日で高知生活が丸2年を経過しました。初めて降り立った高知龍馬空港で、銅像の龍馬さんに迎えられた日からもう2年経つのかと、時の流れの速さを改めて思います。あとどれくらいの時間をこの愛すべき土地で過ごす事になるのでしょう。3度目のよさこいの練習もこれから大詰めを迎えます。

 

転勤でアチコチに暮らしていると、その土地の言葉に敏感になります。高知の人は、この地の独特の言葉を「高知弁」とは言わず「土佐弁」と呼びます。

「土佐弁」と聞いて、この地に赴任する際にぼくが思い浮かべたのは、映画「鬼龍院花子の生涯」での女優、夏目雅子の印象深いセリフ。

「なめたらいかんぜよ」

この語尾に用いる「ぜよ」は、いかにも土佐弁といった風ですが、今まで出会った土佐人で日常的に「ぜよ」を使うと答えた人は一人もいませんでした。

土佐の英雄、龍馬さんも「日本の夜明けぜよ」と言っているのに「ぜよ」は、この地では日常的には認知されていないようです。そもそも坂本龍馬が本当にこのセリフを言ったかどうかは分かりませんが。

 

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赴任した直後くらいに地元の女性の方に「土佐弁はどんな言葉なんですか」と訊ねたことがあります。その方が言うには、土佐弁は「ちゅうちゅう・きいきい」だとの事。

「~しちゅう」は「~している」の意味だし「~しちゅうき」は「~しているから」の意味です(たぶん)。いろんな日常会話の中で語尾に、この「ちゅうちゅう・きいきい」は確かによく耳にします。

 

でも、この2年間の高知生活でぼくが一番耳にしていて「キング・オブ・土佐弁」だと思っている言葉があります。それは.「そうなが」という言葉です。「そうなが」って、土佐弁のイメージあります?聞いた事ないですよね、たぶん。でも、土佐人は、本当に頻繁にこの「そうなが」を使います。

「そうなが」は、基本は「そうなんだ」という意味です。でも、その場の会話の流れや微妙なイントネーションで意味が変わります。

「そうながー」と語尾を伸ばせば「そうなんだー」という相槌の意味です。この相槌の「そうながー」は、特に若い女の子たちの会話の中でよくやり取りされています。

この「そうながー」を「そうながっ!」と短く言えば「え、そうなの!?」という驚きの意味が入ってきます。また、「そうなが」と力強く言えば「そうなのっ!」という断定の意味が出てきます。

「そうなが」の語尾に「や」を付けて「そうながや」というのもよく聞きます。「そうながや」も使い方は「そうなが」と、そう変わらないと思うのですが、この辺の微妙なニュアンスは、地元の人にしか分からないのかもしれませんね。

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「そうなが」についてのこんなエピソードがあります。

ある婦人の娘さんが進学で高知を離れて大阪に暮らすことになったそうです。そのお嬢さんは高知生まれ高知育ちの「はちきん」で、大阪でもバリバリの土佐弁で過ごしていたそうです。すると1か月もしないうちに、友人達から付けられたあだ名が「そうなが」だったとか。

この話を聞いてぼくは思いを強くしたのです。「そうなが」は、やはりキング・オブ・土佐弁だと。

 

 

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