南風通信

あちこち 風のように

四国みぎしたフリー切符の旅(復路2・室戸完結編)

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旅も3日目に入ると体が旅に慣れてくる。そして、スマホも本も手にせず(甲浦で少しだけスマホを手にしたが)情報を遮断していると、周囲の世界への親密度と感度が上がってくるように感じる。周りの光景や音がそのまま自分の中に入ってくる。外と内の境界が緩やかになり、良い具合に心身がバランスしてくる。ぼくは少し柔らかくなってゆくようだ。一人旅は一人でいる事を味わう為の旅なのである。

 

 

甲浦駅のバス停でバスを待っていると風が強くなってきました。雲が空を占める割合が増えてきます。これから約1時間をかけて室戸岬まで走り、そこで岬めぐりツアーのガイドを受ける予定なのです。

ただ、心配なのは天気です。朝の予報では降水確率は午前が50%、午後が進むにつれ数字は高くなっていました。

高知東部交通のバスは、やがて、ぼくしか待つ者のない甲浦駅のバス停に入って来ました。9時59分甲浦駅発。走り始めたバスは、間もなく海岸線へと出ます。今日は風が強く波が高いのだが、バスが国道へと入ったこの辺りの入り江は、張り出した岬の風裏になり比較的穏やかです。浜の向こうの海に二人ののんびりとしたサーファーの姿が見える。しかし、しばらく走り、岬を超えて風表に出ると波は高くなりました。点在する岩に打ち当たった波が白く上方へはじけていきます。時折、太陽が雲間から顔を出すと、その砕け散る波に映えてキラキラと輝いていました。「豊穣の海」ここは何もないけど、とても豊かな場所です。

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10時49分。室戸岬バス停到着。バス停正面の斜面の上方に中岡慎太郎の銅像が悠然と立っていました。ガイドさんとの待ち合わせ場所はバス停傍の観光協会案内所です。今回ぼくのガイドについてくれたのは「ハマヨシさん」という女性のガイドさんでした。ハマヨシさんは59歳まで市役所に勤めた後退職し、ガイドをされているとの事でした。

 

オレンジ色のヤッケを羽織ったハマヨシさんの後について岬の海岸へ出ます。さあガイドが始まる、というところでいきなり雨がポツリポツリと落ちてきました。雨具も用意していないぼくは、取り合えずカメラだけはコートの内側に隠します。

空一面に濃い灰色の雲が広がり、海から強い風が吹き付けてきました。本来真っ青のはずの海は、鈍く沈んだ色となって広がっています。波も高く、ツアーガイドには不向きな天候だったでしょう。しかし、幸いにも雨は本降りになる前に止んでくれました。ツイテルかな?

この室戸岬は昭和2年に選定された「日本八景」に海岸部門で選ばれた景勝の地です。横山大観、田山花袋らが選考員に名を連ねたという名誉ある称号にふさわしい場所でした。「ここから昇る月がとても美しい」とハマヨシさんが教えてくれます。風のない穏やかな夏の宵に、室戸の海の上に輝く丸く黄色い月。想像するだけで、そのような時に来てみたいと思いました。

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この室戸岬は、様々な亜熱帯の植物からなる「室戸の森」でもありました。

台風の直撃をまぬかれない厳しい環境のこの地に繁茂する植物は、他所で見る事のないものが多くとても興味深かったです。

 「アコウの木」はまるで生き物のように、生命をもって迫って来るようです。また、触ると猫の舌のようなザラザラな感触の葉っぱがあり、これは、学名に猫の舌という意味の言葉がついていました。

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そして室戸岬といえば、なんと言ってもあの独特の形状の岩石群です。タービーダイト層と呼ばれる岩は、4000万年(!)ほど昔に、海底で砂と泥が堆積してできた地層が岩化しているものです。ぼくは4000万年前の海底の上に立っているのです。凄すぎますよね。

また、人の横顔に見える岩は「空海岩」と呼ばれているそうです。室戸岬は空海ゆかりの地で、様々な伝承が残っているそうです。

 

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約1時間半のガイドを終え、観光協会案内所に戻りました。1時間の予定が楽しすぎて30分も時間をオーバーしてしまいました。ハマヨシさんが色んな興味深いお話を次から次にしてくれて、本当に楽しかったです。土佐備長炭の話や、B29の銃弾の跡が残るフルネル式レンズの白い灯台の話などはここで書ききれません。

「ブラタモリで、タモリさんが室戸に来たら私がガイドしたい!」そんなお茶目なハマヨシさんともそろそろお別れです。

案内所の女性職員の方に「自分でとってきたキンカンとポンカン」を頂きました。キンカンを食べるのは初めてでしたが、促されるままに皮のついた実を丸ごと口に放り込むと、柑橘系の爽やかな香りと甘みが広がりとても美味しかったです。

「今度は奥さんも連れて、良い季節に室戸へお越しください」と、パンフレットを沢山頂きました。ぼくはきっとまたいつかここを訪れるでしょう。

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12時39分室戸岬バス停より、再びバスに乗る。あっ!と思った事に、甲浦で会った「27年ぶりに江藤新平を訪れた男」が入れ違いにこのバス停で降りて行きました。どうやら彼もまだ旅の途中のようです。

バスがスタートして5分もしないうちに、雨が車窓のガラスを濡らし始めました。そういえばガイドのハマヨシさんが言ってました。

「私がガイドの時は滅多に雨は降らないのよ。以前、団体さんがバスに乗ったとたんに雨が降り出したことがあって。今日はちょっと大丈夫かなあと思ったけど降らなくてよかったね」

ハマヨシさんは間違いなく「晴れ女」でしょう。

 

 

13時37分、奈半利駅着。ここまでくると、いよいよこの旅も最終盤です。

もうこの心地よい旅が終わってしまう。ごめんなはり線の列車が動き始めました。

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ぼくはこの旅を終わらせないために、最後の抵抗を試みるように、思い付きで「夜須駅」で下車しました。

海にほど近いここ夜須駅は、駅と道の駅が併設しており、更に「県立公園ヤ・シイ・パーク」も隣接しています。駅を降りると「やすにんぎょちゃん」が出迎えてくれました。ヤシの木が植えてあり南国ムードのある場所です。

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昼食をすっかり忘れていたので、道の駅で時間下がって半額になっていた「手作りオムライス」を買いました。海岸のベンチで海を見ながらそれを頂きました。

今日は金曜日です。平日の午後の時間、この場所では様々な人たちが豊かな時間を過ごしていました。今回のこの旅を通じて「豊かさってなんだろう」みたいな事を少し考えてしまいました。

若者たちが海辺で戯れたり、体を鍛えたりしています。

不意に雲間から太陽の光が差し込んできて、なにか荘厳な気持ちにさせられました。

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そろそろ終わりのようです。

旅というものは、家に帰るために出かけるようなものです。遠くへ遠くへ行こうとして、引き戻されて行く。まるで打ち上げに失敗した人工衛星のように、重力に捕らわれ「日常」という大地へと落ちてゆく。しかし、重力を振り切ってしまえば宇宙を彷徨うだけです。

そして、この平凡で煩わしい日常ほど愛すべき場所もない。

「ぼくには帰る場所がある」

いつかのアムロのセリフのような事を思い浮かべながら、ぼくは海辺のベンチを離れました。

そして、ぼくは思うのです。

一人旅は、やはりとても良いものだったと。

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おしまい